芦別物語

芦別物語掲示板

芦別出身の方ならどなたでもお気軽に投稿して下さい。画像も添付できます。投稿欄は一番下にあります。初回のみ承認制となります。

18 thoughts on “芦別物語掲示板

  1. oku-rappa

    皆さまこんにちは。ご無沙汰しております。
    新しい掲示板への投稿、若干緊張しております(笑)。
    早速ですが「親睦野球大会」の画像について、tamaさんからの課題に答えていきたいと思います。
    長文ご容赦ください。

    ==========
    まず、スチーム管が走っており、且つ中央線のある舗装道路は3条通りです。
    2条通りは中央線の無い簡易舗装でした。
    なので1)は2条通り、2)3)は3条通りと分かります。

    はじめに1)の画像ですが、
    写っている路面から交差点で撮影したものと分かります。
    よく見ると、右側の住宅の増築部分は青い屋根で、横に灰色の車庫があります(上部の矢印)。
    この情報から航空写真を確認し、吹き出しの1)と場所を特定しました。
    (東1条1丁目・東2条1丁目)
    この画像の奥側の山肌には、電柱で見えにくいですが中の丘アパートがうっすらと写っていますね。

    次に2)と3)ですが、
    これも3)に写っている路面から交差点で撮影したものと分かります。
    2)には右側に灰色の大きな車庫があります(左下の矢印)。
    3)に写っている住宅は、手前2棟は赤い屋根、その奥は変色した屋根で良く見ると(スチーム管で見づらいですが)内側の住宅(2舎、3舎)の屋根に出窓があります(右下の矢印)。
    この情報から航空写真を確認し、吹き出しの2)3)と場所を特定しました。
    同じ場所で異なる角度から撮影したものと思われます。
    (東3条5丁目・東2条5丁目)
    ==========

    こんな推理ですがいかがでしょうか?

    1. tama Post author

      最初のコメント消しちゃったけどいいんですよね?2と3が先なんですね、それにしても相変わらず凄い凄い、感謝します。
      あ、これって承認制なんです、初回のみですどうぞよろしく!

    2. oku-rappa

      アップできていたのですね(^^;)
      失礼しました。
      最初のものは消していただいて大丈夫です。
      ルートとしては、2)→3)→1)だと思います。
      生まれ持った性分なのか、推理物はどうにも血が騒ぎます(笑)。

    3. tama Post author

      かなり探偵の血が入ってますねー、何度も助けてもらいました、これからも!!

    4. tama

      読めば読むほど見事としか言えません。確実な検証方法、段階を経た理論、うーむこのままでは惜しい逸材です。

  2. KON

    はじめまして、いつも楽しく見ています。西芦別商店街「山本時計店」前の除雪(そりに雪)写真の人物は山本時計店夫婦ではありません。奥の男性は店員さんと思われますが?娘のコメントなので間違いありません。なお、スクーター横に立っている男性の写真があったと思いますがその男が「山本」私の義父になります。

    1. tama Post author

      ありがとうございます、そうなんですね、暇を見て直しておきます。

  3. tama

    試験的にいいねボタンを設置しています、プラグインを使用しているのでその分読み込みが遅くなります、どの程度かによって消え去るかもしれません。
    旧芦別物語では独自のいいねボタンを設置していました。
    何故か懐かしくて今回も取り入れてみました。
    Facebookとは連動しません。
    連動させると恐ろしく動作がにぶくなります。
    皆さま宜しければポチットな。

    1. tama

      いいねボタンは解除しました、やはり動作が遅くなります。wordpressはそれでなくても重くて遅いのです。うーーん

  4. tama Post author

    以下は大いなる大地さんからのメールです。
    ーーーーーーーーーーーーーーー
    初めておおくりさせていただきます.S42年生まれ、芦別川のほとりに近い西芦別町3条5丁目出身です.S49年の西小入学まで両親の転居癖があってこの街に住んだのはほんのわずかですが今思えば自分の生まれたこの街今もなおセピア色に写ってくるし昨年も芦別市街地でありますが短い時間寄らせていただきました.ウン、S49年に住んでいた西芦別町1条6丁目付近、しっかりでていましたよ.近所の方も覚えていますしね…….ちょうどその頃にリニューアルした西小や旧一坑会館だった西芦ボウル、しっかり覚えております.三北商事やマルシン、あと、兄貴のご用達の本屋さん・池下商店もですね……もし気付かれましたらこれからもよろしくお願いいたします.ちなみに入学した当時の西小の担任が女性の大原久先生�! �隣の組の担任が長年西小に在籍していた(⁉️)、柄田(つかだ)幸一先生と記憶しております…….

  5. tama Post author

    厚床さんが亡くなって4年が経つ。6年くらい前だろうか、メールが来て旅行から帰途、上野駅で会いたい渡したい物があると言われた。約束の場所にいくとにこにこした厚床さんがぽつんと立っていた。
    勤め人風の硬い影を纏い、自由な形の無い私の風と違ったものを持っていた。生まれ故郷は一緒でも随分違った人生を皆歩むんだな、そう感じたのを思いだす。
    見た目は普通の親父なのに心は少年のようだった、昨日の事のように半世紀前のことを話す。
    芦別画像のCDを頂き、初対面は2時間足らずで終わった。

    その後、自分でHPを作る、独学でメジャーソフトなしでやると書いてあった。
    後々の事を考えるとそれは賢明でないと意見した、無視された。意志の固い人だった。
    彼の残した遺書のようなホームページは今も残っている。
    PCだと広告だらけで見ずらいが、スモホではすっきりと見やすい。
    未見の方は是非。
    http://rokusenn.web.fc2.com/

  6. yayoi

    tamaさん、ご無沙汰しております。
    こちらの「芦別物語」にも少しずつ慣れて来ました。
    昭和35年当時の婦人会名簿、くいいるように眺めました。
    母の友人達の名前も見つける事ができジーンとしてしまいました。
    これからも「芦別物語」を楽しみにしております。
    貴重な資料をありがとうございます。
    ではでは。

    1. tama Post author

      yayoiさん、お久しぶりっ!
      戴いた貴重な写真の残りをどうやって掲載しようかずっと考えていました。
      まさに偶然です。
      名簿は神様のプレゼントのように母の机の上に置かれていましたよ。
      有難うございました。
      私もこの「芦別物語」がようやく気に入ってきました。

  7. tama

    昨日実家に行ってきました、帰り際に母の趣味の仕事机を見ると見慣れない茶色い紙が。
    何これ?と言って開けてみるとなんと昭和35年当事の婦人会名簿、初めて見ます、どこから出てきたの?
    自分の子供のものは絵や賞状何一つ北海道から持って来なかったのに、自分の分はちゃっかり。
    呆れるやら余りの貴重な書類に驚くやらでした。
    茶色く変色した枯れ葉のような紙は手にすると端がポロポロと崩れていきます。
    そっとそっとスキャナーに載せて写し取っていきました。
    なんせ全容は掲載分の2倍はあります。興味ないので残りはカット。
    この価値がわかる人は今となっては僅かでしょう、掲示板で語り合えた頃が懐かしい。
    センチメンタル猫でした。
    http://tama.bona.jp/other/1960-06-saiwaihujin/

  8. tama

    昨年西本さんから私宛に掲示板投稿があったようです。
    8/19にケイセイさんのBBSに投稿されていました。
    こちらには紹介しなかったので半年後の今、改めて掲載させて戴きます。
    ———————————————————————————

    猫たまさんへの返事

    最近(2017・8)芦別物語を知りました。
    毎日見ています。50数年前に芦別市・頼城に生活していましたので、思い出で懐かしさで一杯です。
    頼城の二坑・選炭機に勤務しましたので、(昭和22年に就職)、退職する迄勤めましたので尚更です。
    新選炭機に最初から勤務しました。最初に仮選炭機に勤めました。思い出深い写真を先日送りました。
    懐かしい芦別の市街の変わった姿をして余りあまりにも変遷の大きいのに感慨無量です。

    芦別物語を楽しみに見ています。
    あなたの作られた地図に、住んでいました家を見つけて懐かしさがこみ上げてきます。
    薫風寮から始まった頼城での生活も仲町10丁目に転居して、次に、西町アパート1号棟に再び転居しまた。
    新築の家にばかり住みました。仲町の家の写真や平面図を描かれたのには驚きです。
    懐かしさに溢れています
    この家に住んでいたのだなと思い出しています。
    近所にすみました同僚や先輩とも別れました。

    すでにこの世から去られた方もおられます。何代90歳になりましたので当然の事でしょう。
    それではお元気でお過ごしください。お祈りしています。

    西本創造

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

画像添付