芦別物語

1992.09閉山記事

■鉱山閉山のニュース 1992年9月28日(月)by yamamoto

毎日新聞夕刊より,記事の本文は画像の下にあります。
芦別市から二十八日、最後のヤマの灯が消えた。
一九三九年に第一坑を開坑して以来、 ヤマの男たちの汗と苦労を糧に五十三年の歴 史を刻んだ三井芦別鉱(芦別市頼城町)が「終わりの日」を迎えた。 午前九時、合図のベルとともに、坑内員は次々と入坑、二度と見 ることのない坑内に別れを告げた。 「国内の炭鉱は一つか二つしか残らなくなる」という 国の新石炭政策が今年度から始まり、それなりの覚悟が出来ていたとはいえ、 表情にはやはり、やりきれなさ、寂しさがにじみ出た。 「閉山」の朝、坑内員らは牛前七時すぎから、続々と出勤。 中には、一九七七年のガス爆発で死亡した仲間に別れを告げるため 花束を持つ姿もあった。入坑に先立ってあいさつした山下宗男所長は 「本日をもって長い歴史に終止符を打つと思うと、万感胸に迫るものがあります」と ほおを紅潮きせ「明日からの新しいスタート、おのおのに進む道で 頑張って下さい“長い間、こ苦労さまでした」と何度も頭を下げた。 三井芦別労組の田中良一委員長は 「本当に残念であり、くやしい、寂しい、そしてまた今もなお閉山を認めたくない」 とマイクを持つつ手に力を込めた。 退職条件については「満額に近い形で要求を勝ち取ることが出来た」 としながらも「皆さんの血と汗で築いた職場を守りきれなかったのが、痛恨の極みだ」 と約一カ月に及んだ閉山交渉を振り返った。
提供:西芦別商店街  山本時計店 店主 山本昌利氏 (現在札幌在住)

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