山の手町18班B

山の手町18班 職員住宅B 1992 by tama 解体直前の職員住宅

写真3)国道側から見た山の手18班の住宅。2棟。

写真4)西芦別の職員住宅。どこよりも懐かしい自分達が住んだこの場所。 横の小さな川。奥には犬が長い鎖で繋がれかなり自由に通路を塞いでいた。 タイミングを計って犬の横を通り抜けるのはいつもスリルだった。
札幌への転居先を伝える勝手口の張り紙。1989.06ビデオより
ビデオ写真撮影提供:tama 禁無断転載複写

山の手理容押切1994

山の手>■山の手町理容押切 1994年(H5年)7/5 by ashibetsu

西中中退?さんのコメント 小生の頃も「スズキ理容院」でした。 小生が小学校低学年のころに、 男性の理髪師さんが居なくなった後は、ご主人以外は女性の理髪師の方ばかり数人を揃えたお店でしたね。 その男性の理髪師さんがディーゼルカーで西芦の街を旅立つときに、 お店の皆さんが総出でお見送りしていたことを思い出しました。確か「山の手」の駅でした。
suzu103さんのコメント 昭和42年頃、若いインターンと思われる方がいた。私も、レーザーカットを頼んだことがあり、 決まって、その理容師さんが喜んで引き受けてくれた。 私が西芦・白樺町にいた当時にその理容師さんがいなくなったかどうかは定かでない。

2)Aiによる着色画像、クリックで拡大します。
芦別市星の降る里百年記念館所蔵 (掲載許諾済)無断転載、直接リンクを禁じます

山の手洪水②1966

山の手 洪水被害 1966年(S41)8月②by MS
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1)山の手21班、職員アパートを見ている。左奥が理容店。 奥の小高くなり人が大勢集まっているのが現在の国道452。 桂沢から流れ出る桂川はこのアパート郡の右側にあるはず。
MS氏 撮影提供 無断転載、直接リンクを禁じます

山の手洪水①1966

山の手 洪水被害 1966年(S41)8月①by MS

1)山の手21班、理容押切の奥、職員アパートのさらに奥の三井鉄道線路脇の住宅。 一番奥の人が数人立っている平らな場所が線路。犬も唖然と見てる? 桂沢から流れ出る小川、通称「桂川」が大雨で溢れた時の様子。
手作業着色画像by tama

2)同上、山の手21班、MS氏の自宅玄関前の画像。
MS氏 撮影提供 無断転載、直接リンクを禁じます