芦別物語

どうして二人は友達になったのだろう2

図面と格闘していると携帯電話が鳴る。
2週間前に葬儀を行った友の名がディスプレイに光る。
一瞬固まるが姉さんの番号も彼の名前に入れておいたのを思い出す。花を届けた事のお礼だったけれど、それをきっかけにまた流れ出した。

深くえぐられたキズのように血液のような涙が流れ出す。それも表には出ない。頬の内側を流れるのだ。
左の瞼の下の涙腺から内側を伝って、首から鎖骨へと流れ落ち、左側のくぼみに溜まる。
決して見えない、重たくやるせない感情とともに溜まりにたまる。
いっそ流れてくれればいいのに。決壊し流れ落ちれば楽になるのに。

大人になれば現実のことで泣くことは無くなる。押し寄せる感情の中で心がうねるだけ。
緑の中を歩いている時、店先で買い物をしている時、否応なくあふれ出る感情。

今も自分が許せない。あの時どうして予知の感覚を信じなかったのだろう。あの時電話さえしていれば死に目にも会えたのに。電車でたった15分のところで仕事をしてたんだぜ。

朝のシャワー中に彼の親族を前に子ども時代のこと、スピーチしてる自分がいた。その日の夕方彼は亡くなった。どうして、どうして。

大学生になっても彼との友情は続いた。いや増した。
夏の長いアルバイト、松戸のエクステリア製作会社で一緒に汗まみれになって働いた。
当時の時給300円ちょっと、それでも多いほうで、1ヵ月半10万円溜まるまで働き続けた。互いに学費と遊ぶ金を作るために。
結婚式にも出てくれた。本当に祝福してくれた。顔中笑顔だった。
新婚の住まいに中古のマンションを買った時もドンペリを持って駆けつけてくれた。

私の奥様と彼は誕生日が同じだった。

まさか白い太ったドンペリ君が来ると思わずに、用意していたそうめんで乾杯した。
白いそうめんで白いドンペリを喉に流し込み、子ども時代の延長のような夢を語った。
いつか後世に残る建物を建てて自分の名を残すのだと。
はちきれそうに笑いながら聞いてくれる頑丈な彼の顔がそこにあった。
そうかそんな生き方もあるよね。そう言ってくれた。

飲めないくせに高田馬場のミスサントリーで数え切れないくらい飲み、好きだった女の子とダブルデートをし、正月には家で飲み明かし、私の卒業製作にも建築とは無縁の彼が家に泊まりこみで何日も手伝ってくれた。それも無報酬で。

あの時、この分は出世払いだと言って置きながら、まだ払って無かったよ。ゴメン。

こうして過ぎていく日々。私は今も忙しさに埋もれて生きている。

あの日互いに見た夢は結局かなわなかった。せめてそこにいて電話するとはちきれそうな元気な声で返事して欲しい。
いつでもいつだって、そこにいたじゃないか。いつも仕事で行き詰って死にそうになってる私を励ましてくれたじゃないか。

さよならヤマヒョウ、いつかまた会おう。

最近毎日聞いてる曲、心に引っかかって離れない。花の代わりに贈ります。

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