芦別物語

40年の時を経て

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僕らは再会した。
インターネットという利器のおかげで。
芦別で最後に住んだ山の手町、そこで2人は親友だった。
大学までは賀状のやりとり、やがてそれも途絶えた。

僕は東京で、彼は札幌で、そうとばかり思っていた。
多分一生会えないだろう、そう思ってもいた。

でも僕らは再会できた。
いつも通る駅を、彼も毎日通っていた。
会うのは簡単だった。
40年間を埋めることも、昔に戻る事も出来ないけれど
僕らは話続けた、時間が許す限り。

二人は同じ町内だった、でもその距離は子供にはとても大きく、
雪で凍って、すべる道がとても遠く寂しく、切なかったのを
思い出してた。
小学校3年で西芦小に転校した僕にすぐに友達になってくれた。
たったの2年間だったけれど、大人の何十年にも当たるのだろう。

2人とも友達は少なく、内向的だった。
話していて、2人とも驚くほど似ていた事に気づいた。

18歳、浅間山荘事件の翌日、2人とも同じ大学受験場にいた。
すぐ近くにいた。
でも勿論気づかずに次の日には900km離れていった。

不思議、不思議、今では近くにいる。
話し終わって、自分がなぜここにこうしているのか、
なぜ人生の多くの岐路で選択をしながらここに立っているのか
分かったような気がした。
全て偶然でなく、必然を自ら選んできた事を知った。

帰り道、少し混んだ酔客の多い車内で
周りの人、全てが古くからの友人に思えた。
幸せな時間だった・・・。

旧建築猫の掲示板から転記

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