芦別物語

青春の村野藤吾

遥かなる昔、まだ我々が青春と呼んだ時代があった。
大学の同級生と箱根芦ノ湖に行った。
そこには目指すべき建築、村野藤吾のホテルが湖畔に佇んでいた。

恐る恐る近寄る、プリンス系でも一際グレードが高い。
とても貧乏学生にはホールに入ってお茶を飲むなんて出来ない。

湖の波打ち際で戯れるのが関の山だった。
その小さな小波を見ながら一つ誓った。
建築家になったらここに戻ってくる、必ず。
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あれから40年という時を経て
遠い記憶が甦り今年の秋に箱根に行った。
ザプリンス箱根芦ノ湖という名称になっていた。

何度もリニューアル繰り返した部屋。
完全な扇形、というか円形。
狭いバスルームの壁さえも扇形に合わせた多角形。
部屋は当時のプリンスの規格の2倍、38平方メートル
勿論扇形で全部同じ作り。

リゾートの部屋からの景色優先なぞという世俗的発想には陥らない村野先生。
おかげで半分以上の部屋が山側、庭側、エントランス側になってしもうた。
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おまけに国定公園による制限か、3階で押えられているものだから僅かな景色の良い部屋を巡って争奪戦となる。

ホテルでは満室と断られ、やっとこさJTBでレイクビューなる部屋を押える。

これが行って見たら限界レイクビュー部屋。
あと一部屋でアウト、みたいな部屋だけど、
棟の周りにやたらと背の高い杉の木がにょきにょき生えているお蔭でさほど、劣等感を感じずに済んだ。

ファイル 270-4.jpg
ホテルの外観もそうだけど内部も村野一色で固められて、
ここまでやったら絶対業者に嫌われるという限界デザインの数々。
昔の巨匠はこうだったんだ、と大雑把な丹下さん作品ばかり見てきた私はつぶやく。

ファイル 270-3.jpg
ナウマン像の足のようなバルコニー隔壁。

レストランとエントランスホールはこれでもかと職人を苛め抜いたあとがくっきり。
ツツミさんが背後にいなかったら無理だねこりゃ。

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