芦別物語

裏磐梯は遠かったか?

もう行く事はないと思っていた。福島県の裏磐梯。
あの3.11以降、フクシマは近寄りがたい場所になっていた。

何度も行った懐かしい高原ホテルのHPを見たらすっかりリニューアルして、あのうらぶれた少数の洋室が全面改装、大半を占めていた和室が消えていた。
そうでもしなければ客は戻らないと踏んだのだろう。

おおこれはいいかも、奥様がこれなら行くと言い出した。
今年は上高地の予定だったけど義母が亡くなってから当分旅行は行かないと言ってたので、これを逃すと当分行けなくなる。
決心して出かける。放射線量も大したことはないみたいだし。

例によって慌しくスケジュール組み、必死にそれに合わせて仕事をこなしていく。
旅行直前の仕事は断ってしまった。
絶対断らない、を大原則にしてきたけど夏休みですと言うと相手も納得してくれた。

当日前後は雨マークがボウフラのようにWEB画面上に漂う。
大丈夫、私が行くところ雨は降らない、強気の発言に自らを押し出し突っ込むと、現地入りしてから雨はぴったり止んだ。

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外壁の板張りも深めの色に塗りなおし、しっくりと古さを漂わせつつ内部は輝く。
ロビーを抜けるといつもの旅人を安心と懐かしさで包んでくれる弥六沼が迎える。
プライベートレイクだ、その向うに禿山の裏磐梯山が正面を向いて聳える。
以前よりも茶色い肌がむき出しになり悲壮感さえ漂う。
この無残な山景色をパンフでは美しいなぞと称えている。ありえん。
水面に映るそのえぐれた影が揺らぐ様は確かに人の心を動かす。
そうここは裏磐梯高原なのだ、というしっかりした印象を焼き付けていく。
ホテルはおしゃれになった分、気楽ないつでもランチは消え、大好きだった喜多方ラーメンももうここでは食べられない。

それでもこの場所は特別なのだ。二人にとっては唯一無比、かけがえの無い場所。
また来られて良かった。宿泊費は1.5倍にもなったけど、上高地よりは安い。ふ~~。

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もう五色沼をてろてろと歩く事もない。
2つの湖と沼でひたすらボートを漕ぐ。

意外と漕いでいる人が少ない。
かつては水が透き通り、底から水面まで立ち上る水草が不気味だった毘沙門沼も人影は少なく、
水草影?もなく、ただぼおっと水面を見やる人ばかり。
どちらが植物だか分からん。

途中でそれまでのボート漕ぎが祟り、股関節が痛くなり漕ぎ続けるのが難儀になる。
どこかに埋もれているかもしれない幻のセイタカ水草を求めて漕ぎ続ける。
水面に浮かんでいる枯れ果てた茶色い細い茎ばかり。
こりゃ上高地の大正池と一緒だ、温暖化で消えたか、風化したか、見守る私が劣化してるのか?

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高原ホテルの部屋はラグジュアリー何とか。磐梯山正面の良い部屋だった。
ベッドはダブルのように巨大で、両手がヘリをつかめない。
洗面所は部屋と一体。これはアウトだね。
でも以前の薄汚れた低い天井の3点セットしかない暗い部屋からすると雲泥の差、としか言えない。
行く度にホテルのご意見書に注文をつけた。駄目だ、この部屋じゃ。
でも洋室は数部屋しかなくいつでも薄汚く、広いだけが取り得。

それでも何度も行ったのはロケーションが替え難かったから。
それが遂にリニューアルやってくれた。

2泊目はグランデコ。東急系の面白系意匠のホテル。
こちらも部屋名が偶然ラグジュアリー何とか。昨年リニューアルした部屋らしい。
広くてそつが無くて安心できるホテル。2度目。
こちらの部屋から見える裏磐梯山は高原ホテルとはかなり趣が異なる。
えぐれた山頂がかなり重なって見える。

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以前寒すぎて買ったホテルのロゴ入りのトレーナーがまた欲しくて来たけれど、
売店にはもうオリジナルグッズは無かった。
古きよき時代の思い出。それを懐かしむ古い私の心。
戻らないものは多いのに、新しいものは受け入れ難い。

そんな気持ちを抱いてそれでも何処かへと向かう。
ここ数年で一番長い夏休み。5日間。
標高1200mのデコ高原は涼しいけれど、寒いといった方がぴったり。
ケーブルカーで登る景色もどこか何時も一緒で、馴れすぎた遊園地の遊具みたいだ。
眼下に見える移りゆく景色も、遠くの山々も、向かってる湿地帯の高原も
皆どこか遠い想い出みたいに見える事がある。

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記憶が多くなりすぎて脳が勝手に景色を合成し、現実を実は見ていないのだと思う。
子供の頃に戻りたい。先入観無く真っ白な心で、全てを強烈に焼き付けていったあの頃に。

さよなら今年の夏。もう会えないね。

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