芦別物語

秋の日の過ごし方

疲れた忙しいと言っていると、1年中そうなのだと思われる。
ブログに月に1回きりのフレンチやイタリアンを食べている写真ばかりを載せ続ければ、
この人は1年中そういう食生活を送っていると思われる。多分・・。

見栄っ張りの私にもそういう傾向はある。
でもその手の文章は記録として書いている。写真に残すように文章に残していく。
読み返すこともないけれど。

ここ半月以上は暇だった。というか通常の忙しさに戻った。
忙しくないことは普通はいいことだ。でも自分自身に給料を払う身にはそうでもない。
体力的には吉でも精神的には凶と出る。因果な話だ。
一番嬉しい時は、まとまった仕事が先に決っていてそれが始まる前の充実した充電期間だ。
しかしいつもいつも美味しい時間は来てくれない。
精一杯人生は楽しまなければ。暗い不安を押さえ込み明るい陽の元に飛び出していく。
これからは意識して楽しむようにした。
上野公園に居ると言う地の利を生かさなければ。

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新聞社からただで貰った券で上野の森美術館で北斎展を見る。
第一印象はあれ、小さい、だ。版画なので洋画のように大きくない。展覧会場で離れてみたら何も分からなくなる。

北斎はパースペクティブの人だったと認識。
ものすごく正確に透視図を起こしている。
忠臣蔵の小さな版画を隅々まで見渡す。
五線譜の上の音符のように人が転がっている。
凄い情報量だ。

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次は吉村さんから頂いた招待券で、都美術館の元陽展に行く。
ほんの少しだけお会いして話すチャンスがあった。
何かの取材中だったみたい。
彼は私に対して建築を選びきれなかった負い目を感じている。
私は反対にアートを選びきれなかった自分を恥じている。
20年ぶりにお会いしても心が違う方向へ向かってしまう。

一つだけお願い。少し違った絵が見たい。
一生かけて一つのモチーフを追うのも生き方だろうけど、
答えはないんだから、もう少し楽しませて欲しいなと勝手に思う。

ここの新装なった最上階のレストランMUSEUM TERRACEは良い。
以前の社員食堂のような雰囲気ではない。
原宿か六本木のおしゃれな店にいるみたいな気分になれる。
夜の8時頃までやっているけど、真っ暗になった上野公園の森を突っ切ってまで
閉館した美術館のレストランに食べに来る人はいない。
だから夜はガラガラ。芸大生のアルバイトの子が暇を持て余す。
コーヒーは美味しい。大振りのカップに黒い艶のある液体が芳香を放つ。

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帰りには上野公園でヘブンアーティスト達の大道芸熱演を見る。
ここのところ公園に散歩に行く度に幸運にも彼らの異才ぶりに触れられる。
抑制されたおどろおどろしさ。芸へのひたむきな熱情、将来への不安。
若さだけが持つこの特殊な生き方を選択した者への賛辞を惜しまない。

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先週は葛飾の水元公園に行く。
およそ10年ぶり。3.11以降は放射能雨の影響で訪れる人は激減。
ようやく除染も終了宣言が都から出されて安心して行くことにした。
除染した公園はどこも惨めだ。
人の出が3分の1に減った上に、予算を使い果たして樹木の手入れが出来ていない。
ススキが伸び放題、川辺も荒地のようになって、
かつての風景画の対象となった美しい場所も探すのに苦労するほど。

ここの唯一のレストラン涼亭は良い。
天丼が大きくて秀逸。
ぱりっとした衣にえびなどの素材が吟味されている。
家庭の味ではなくプロのそれになっている。
満足の2文字を持って公園を出てこられる。

松戸の20世紀が丘公園も同じだ。人が少なくなりすぎてバードヲッチングには最適の場所になったけど。
柏の森公園はまだ行く気になれない。紅葉がきれいな場所なのにね。

今週は芦別出身の二紀会会員の方の絵を見に行く。
ここのところ行った場所は全部無料だ。むふふ。

誰か私にもっとただ券を!と言いながら秋の夜は更けて行く。
私も老けて行く。
紅葉を楽しむ気分になれないけれど、
この短い季節を体の奥に取り込もうとしてみる。

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