芦別物語

崩れる世代

子供の頃建築を目指した。

丹下健三の建築を見たから。
そのとき全身を走り抜けた雷は手足を震わせ、夕日の影の中に熱い未来の自分を見た。

あれはまだ11歳の頃。
少年は何も疑わずに夢を追う事に決めた。

大学の建築学科に入り、無謀だと言われながらも建築事務所に入り、いくつもの経験を積み、予め決めていた40歳を前に独立した。
あれから20年が過ぎようとしている。

気がついたら周りに建築をやってる人間がいなくなった。
たった一人で波打ち寄せる孤島に浮かんでいた。
まるで島そのものだ。硬い岩で出来た不屈の島だ。
そして恐ろしいほど世間と隔絶していた。

夢に見た建築はもう目指す者も無く、依頼する者もいない幻になっていた。

一人で戦ってきた。建築を取り巻く社会と、守るべき愛する建築の世界を必死にかばってきた。

もう全て何も無いのだと感じる。

今はもうかつての経験を生かして、別の分野へ進んだ。
誰からも聞いた事がない、ひとりぼんやり年を経てから始めようとしていた分野に否応無く入り込んだ。

最初は手探りで、今は大胆に事業として取り組んでいる。
もう誰とも較べられない自分になっていた。
東京で唯一無二のそして最高の事業になっていく。

たいしたことは無いけれど。

そしてまた夢を見る。

建築デザインをやっている自分を。

何のために若い頃、数千枚のスケッチを描き、
指からどんな形でも紡ぎ出せるように自分を訓練したのだろう。
誰からも教わらずに、一人で世界中の建築を見ながらコピーした。
いつも頭の中は魅惑的な建築空間を歩く事で一杯だった。

朝起きると泣いていた事に気付く。
頭は満足しきっている、男として事業欲を満たしている自分にすっかり。
でも心が泣いている。もう時間が無いんだ。
もう人生の黄昏なんだよ。

髪は薄くなり、頬はたるみ、目は濁り、頑迷さだけが増し、少年のように無邪気に突き進むことはもう出来ない。

残された時間を何に使おう。
生活の傷は余りに大きく深くて、あと何年も選択を許さないみたいだ。
でも何かしたい。
どこか知らない自分に会える場所にもう一度行きたい。

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