芦別物語

壊れるものたち

家中の物が集中的に壊れていく。
どうなってるんだろう、台所で音がする、私の湯呑みが割れる音、20年間無事だったのに。
足踏み式のゴミ箱のペダルを踏抜いてしまう。これまた20年物。
ガスの五徳が割れる、洗面所の蛍光灯カバーが割れて砕ける、
私のプリンターが厭な音を立てて紙を巻き込んだきり動かない、直そうとしたらレバーが折れた。
1年も経たずに革靴の底が裂ける、安物じゃないはず、
シャツもズボンも一気に数が減る、
終いには私自身が眼精疲労でフラフラになる。
代えられるものと代わりが無いもの、お構い無しに周囲の時間だけ早まっていく。

友人が入院する、胃が痛む、入院している超高層の病室から見るスカイツリーと東京タワー。
2つの輝きは希望にも見えるし、ただのネオンサインと同じに見えるかもしれない。

壊れ続けるものたち、私は平気だ。
どれだけ自分がまだタフであるか、神様の前で証明してるみたいだ。
何時でも試されている、何回立ち上がれるかってね、
今は自分が強い時期だ、嵐や風でも何ともない、
でもそのぶん内側から崩れると脆い。

何らかのバランスで成り立つ人生、
かつての顧客だった一代で財をなした老婦人の身内の人生は幸福ではなかった。
その人の居間に入ると甥や姪たちの幼い命を偲ぶ仏壇が黒光りする顔をずらりと見せている。
いつでも運命や業のせいにして自分を省みなかったのだろうか?

外的に成功した人の内部は壊れていく。そんな話も聞く。
年老いて最期の場所にどれだけ人が集まってくれるかで決るのだろうか?
そんな単純じゃないね。

ファイル 262-1.jpg
今年の上野公園両大師殿、御車返しの桜、毎年癒してもらってます。

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