芦別物語

ともだち

もうカンレキだねお互い。そんな話しをする為に会いに行く。
流山にある病院。親父の最後の場所。
通いなれた道をYに会う為に日曜の朝の風に吹かれる。

5月のGW中に妙な気分になった。寂寥感。
皆いなくなってしまう。そんな気分。

最初、駒込にあるHさんのマンションを訪ねる。
もう何年も会っていない。携帯は何時からか着信拒否。

年賀状の住所を頼りに六義園の裏にある、小さな高層マンション。
めざす部屋にHさんはもう住んでいなかった。

狭くて暗い中廊下に面した子供のマークのついたチャイムを押し続ける。
年老いたお母さんと二人暮しのはず。
でももういなかった。元気になったら必ず遊びに行くよ。
入院先のベッドでそう話してたのにその日は来なかったね。

千昌男に似て周囲を明るくさせる人だった。
鶯谷の小さな居酒屋で毎週呑みに誘ってくれ
一度も私に払わせなかった。

絶対に人には格好の悪い自分の姿を見せなかった。
髪の先までダンディで固めていたHさん。

古いビルのエントランスを出たらもう捜す場所が無かった。
携帯も固定電話も親類も。思わず舗道を見上げた。
六義園の突き出た緑がビルの上で揺れていた。


もう一人気になってたのが中学の同級生Yだ。
今年も年賀状が来なかった。
メールしても電話しても繋がらない。

何度も時を変えて掛け続けたらお姉さんが出た。
5月1日に入院したと告げられた。

よりによって親父を看取った場所だ。
慌てて日曜の朝から見舞いに行く。

やせこけて、目のうつろな奴がいた。
1ヶ月で20kgやせたよと力なく笑う。
Yは遠い世界の話題ばかり話そうとする。
無理に現実の話に切り替え、病状を聞き出そうとする私。

そういえば今までいつもそうだった。
弱さと優しさの混在したYにいつも自分を見ていた。
常磐線でいつも一緒に帰った。
大学に入ってからも一番飲み歩いたのはYとだった。

目は力を失い宙を見てる。
明るい外の景色を見ようともしないで
暗いニュースばかりを薄っぺらのTV画面に追い求めてる。

いつしか二人は全く違う道を歩んだ。
心の奥にいるもう一人の自分に突き動かされた私と

同じ存在から逃げ続けたYと。

どちらも自己破壊的な生き方だったけれど
自分の肉体を否定し骨まで壊そうとするY。
すっかり老人のようになり身も心も萎んでしまった。

私は今でも頑丈な体と不屈の意志を持って生きてるけど
根っこではYと全く同じなのだと思う。

世界に立ち向かうのが恐ろしく、震えていたあの頃。
人と同じことが決して出来ずに一人離れていたあの頃。
大企業コースからドロップアウトして自分の作った恐ろしげな道を
突き進んでいたあの頃。

二人同じコースだったのに何時からかYの姿が見えなくなっていた。

気がつけば周囲の友達は殆どがもう見えなくなっている。
誰も前を歩いていてくれない。

カンレキブルー。
もう取り戻せないあの頃。
空の青さよりずっと残酷な色をしたブルー。
でもきっと光を見出してやる。

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